「パントマイム」と「マイム」は違うのか

「パントマイム」と「マイム」の違いをご存じでしょうか?

「マイム」を「パントマイム」の省略形だと捉えている方は少なくありません。どちらの言葉を聞いても、見えない壁を触ったり、一枚の幕をエスカレーターやエレベーターに見立てて昇ったり降りたりする、あのパフォーマンスを思い浮かべるかもしれません。

そう思うのも無理はありません。事実、『大辞林』第四版は「マイム」を「パントマイムの略」、『広辞苑』第七版は「パントマイムに同じ」と説明しています。[1] 他の辞書や百科事典も同じで、『百科事典マイペディア』の「パントマイム」の項には「黙劇,無言劇,単にマイムとも。」、『改訂新版 世界大百科事典』では「マイム」の項が「→パントマイム」という参照になっていて、説明はパントマイムの項にまとめられています。[2]

このように、これらの辞書や百科事典は、「パントマイム」と「マイム」を同じものとして扱っています。

本当に同じなのか?

しかし、舞台芸術の世界に目を向けると様相が異なります。2000年に日本語版が刊行された『パントマイムのすべて』という本があります。原著は1974年刊行の The Mime Book、直訳すれば『マイムの本』です。[3] タイトルの「マイム」が、日本語版では「パントマイム」に置き換わっています。著者のクロード・キプニス(1938–1981)はパリに生まれ、1959年にイスラエルへ渡ってイスラエル・マイムシアターを創設し、1966年からはニューヨークで自身のマイムシアターを率いました。[4]

日本語版の翻訳を手がけたカンジヤマ・マイムは、この置き換えについて訳者あとがきで「多少の躊躇(ちゅうちょ)を感じざるをえませんでした」と吐露しています。[5] もし辞書の示すとおり二語が同じものなら、どちらをタイトルに選んでも躊躇する必要はないはずです。

カンジヤマ・マイムはその理由を次のように説明しています。[6]

マイムとパントマイムという言葉は歴史上ほとんど同義語のように扱われ、代わるがわる使われてきました。しかし、その中でもある特定なものに関してはどちらかに規定、限定されている場合があります。例えばローマ時代のマイムとパントマイムは違いますし、あるいはイギリスで今現在も行なわれている通称クリスマスパントマイム(あるいはイングリシュ・パントマイム)はマイムとは言いません。そして20世紀初頭にフランスのエティエンヌ・ドクルーによって文法化された、いわゆる現代マイム(中略)はパントマイムではなくマイムであるとドクルー自ら定義しています。

さらに、著者のキプニスが原題に「マイム」を選んだ背景をこう推測しています。[7]

特にこの本でキプニス氏があつかっているのはこのドクルーによって開発された現代マイムの系統のものであるからこそ、彼はあえてマイムという言葉をタイトルに使用したのかもしれません(それが証拠に彼はわざわざ第7章で「パントマイム」という項目を設けています)。

この本では明らかに「パントマイム」と「マイム」を使い分けていて、マイムの技法を説明したあとに、「7 パントマイム」という項目が設けられています。[8]

それでも邦題に「パントマイム」を選んだ理由を、カンジヤマ・マイムは三つ挙げています。日本では「マイム」という言葉がかなり曖昧に受け取られていること、『マイム』という題の本が同じ出版社から既に出ていたこと。そして決め手になったのが、物語を体で表現する独立した身体芸は、日本では「パントマイム」とした方が一般に理解されやすいことでした。[9] この点については、サーカスの道化を英語の正式名称である「クラウン」と呼ぶより、日本では「ピエロ」と言った方がピンとくるのと同じ状況だと説明しています。

では、著者であるキプニス自身は二語をどのように呼び分けていたのでしょうか。「7 パントマイム」の冒頭で、キプニスはこう説明しています。[10]

マイムのテクニックの一通りをマスターしたら、思っている事に形と中身を与えるためにそれらをステージに乗せる段階です。パントマイムはマイムのテクニックを構成していく作業なのです。

キプニスは同書の「はじめに」で、マイムを「現実の幻覚を造り出す芸術」と定義し、さらに「他の人々と共に世界を想像する芸術」と付け加えています。[11] その芸術の技法を構成して舞台にのせる作業を「パントマイム」としています。

訳者が書いていたように、二語は歴史上ほとんど同義語として使われてきました。その中で、ローマ時代のマイムとパントマイム、イギリスのクリスマス・パントマイム、ドゥクルーの現代マイムのように、呼称が固定されている形式があります。キプニスは、一つの形式の中で呼び分けています。

辞書は二語を同じものとして説明していましたが、この本では訳者も著者も使い分けています。他にも分け方があるのでしょうか。

人によって定義が違う?

1998年に出版された、マイムの歴史を一冊にまとめた From the Greek Mimes to Marcel Marceau and Beyond(ギリシャのマイムからマルセル・マルソーへ、そしてその先へ)という本の冒頭でも、まさにこの二語の違いが取り上げられています。著者のアネット・ラストは「マイムとパントマイムに本当に違いはあるのか」と問いかけ、定義は流派や演者、その人のスタイルによって分かれてきたと述べています。[12]

人物 マイム パントマイム
エティエンヌ・ドゥクルー(1898–1991)── 「コーポリアルマイム」の創始者 自身が体系化した現代のマイム。見える世界の模倣ではなく、見えない世界を現すもの。個別のものから出発して普遍へ向かう それ以前のパントマイム。自身のマイムと身体面でも美学の面でも対立するものとした。個別のものから出発して戯画へ向かい、手と顔の表情で想像上の物や人物を作り出す[13]
ジャン=ルイ・バロー(1910–1994)── ドゥクルーに師事した俳優・演出家 身振り言語を退けて動作そのものを目指す現代のマイム。「沈黙の演技」 動作に無言の身振り言語を加える19世紀後半の旧来のパントマイム。「無言の芸」[14]
ジャック・ルコック(1921–1999)── ジャック・ルコック国際演劇学校の創設者 話し言葉に先立ち、伴い、または後続する無言の言語 話し言葉から動きへの翻訳[15]
ポール・カーティス(1927–2012)── アメリカン・マイム・シアターの創設者 さまざまな演劇的動きによる無言の演技 想像上の物や状況を扱って現実の錯覚を作る芸。マイムの一部になる[16]
クロード・キプニス(1938–1981)── 『パントマイムのすべて』の著者 現実の幻覚を造り出す芸術。さらに「他の人々と共に世界を想像する芸術」と付け加える[11] マイムのテクニックを構成していく作業[10]

バロー自身は、二語は「実際には一つのもの」だとしたうえで、この呼び分けをしています。

ただしルコックは、その定義の難しさを次のように述べています。[17]

これらの語の定義はきわめて難しく、そして今日「マイム」はあまりに重要な語なので、我々はそれをどこに置けばよいのか分からずにいる。それが存在することは分かっている。だが、そこにあるはずだと我々が考える場所に、それは居心地悪くおさまっている。その意味もまた、時代ごとに変わり続けている。

一方、二語を分けない立場も存在します。同書がマイムの専門家として挙げるピーター・ブー(1940–2022)は、マイム、パントマイム、身振りの演劇、ムーヴメント・シアターをすべて同義語としています。[18]

さらに、パントマイムの神様と称されたマルセル・マルソー(1923–2007)は、自身の作品を、その形態によって呼び分けていました。短い一人の作品を「パントマイム(pantomimes)」、多数の俳優と場面による長い作品を「ミモドラム(mimodrames)」と呼んでいました。[19]

それぞれの定義を個別に追えば、どれも説得力を持っています。しかし、全体を並べて比較すると、大きな差異が浮かび上がります。「マイム」が指すものは、ドゥクルーやバローの現代のマイム、ルコックの無言の言語、カーティスの演劇的動きによる演技全般、キプニスの現実の幻覚を造り出す芸術と、定義した人によって大きく揺れ動いています。キプニスが「マイム」の基本の定義とした表現は、カーティスの定義では「パントマイム」の説明になっています。[16] さらに、先に見たとおりブーは二語を分けること自体をしていません。このように、語の使い分け自体は確かに存在するものの、全員に共通する基準は存在しないのが実情です。

なぜ定義が違うのか?

先に見たドゥクルーは、当初は錯覚を生み出すパントマイムを教えていました。しかし、その訓練法が発展していく過程で、独自のマイムへと結実していきます。[13]

ドゥクルーがこの「パントマイム」と「マイム」を区別したのは、それぞれの目指すものが正反対だったからです。From the Greek Mimes to Marcel Marceau and Beyond の説明では、パントマイムは、手と顔の表情で、そこにない物や人物をあるように見せる模倣です。ドゥクルーにとってのマイムは、見える世界の模倣ではなく、見えない世界を現すものでした。パントマイムの演者が個別のものから戯画(caricature)へ向かうのに対し、マイムの演者は個別のものから普遍へ向かいます。[13]

「マイム」も「パントマイム」も、ドゥクルーが分けるより前から存在している言葉です。[20] ドゥクルーは、「パントマイム」をそれ以前のものに、「マイム」を自身が創始した新たな表現形式に当てはめました。

ドゥクルーは、この独自のマイムを「コーポリアルマイム(mime corporel dramatique)」と名づけました。corporel は「身体の」、dramatique は「劇の」を意味するフランス語です。コーポリアルマイムは表現の中心を胴体に置き、顔の動きは極力抑え、両腕も胴体に従わせます。同書は、これを最も厳密で純粋な意味でのマイムだと説明しています。身体全体だけで感情と観念を描き、手話のような記号にも物語にも頼りません。手と顔に頼るパントマイムとは、正反対です。[13]

ドゥクルーは舞踊とマイムも区別していて、舞踊は叙情(じょじょう)の芸、マイムは劇の芸と位置づけています。踊り手は天へ舞い上がり、マイムの演者は地に縛られて重力と格闘する、とも述べています。[13]

同書は、二語の意味は時代によって、また芸術家や教師によって変えられてきたと書いています。[12]

先に見たカーティスも、二語に独自の定義を与えたうえで、自身の創出した表現にはさらに別の名称を与えています。演技、動き、パントマイム、舞台設計、劇作を組み合わせた表現で、稽古を見たバローがこれを「アメリカン・マイム」と呼びました。カーティスは、フランスのパントマイムのようなほかのマイムと区別するための名称だと説明しています。分けているのは演者の国籍ではありません。アメリカ人がフランスのやり方で演じることもあれば、フランス人がアメリカン・マイムを演じることもあるからです。[21]

また二語では足りないとして、新しい名称が提案されたこともあります。フランスのオンライン資料センターSO MIMが公開している「マイムと身振りの諸芸術の定義」(Définition des Arts du Mime et du Geste)によれば、2008年に「マイムの諸芸術」という複数形の名称が提案されました。人形劇やサーカスを「人形劇の諸芸術」「サーカスの諸芸術」と呼ぶのに倣った(ならった)形です。さらに、「マイム」という語だけでは過去の古典的な芸のイメージに縛られてしまう懸念から、「身振り」を加えることが提案され、「マイムと身振りの諸芸術(arts du mime et du geste)」という名称になりました。マイムと身振りの諸芸術についての連絡会(groupe de liaison sur les arts du mime et du geste、略称GLAM)がこの名称を掲げ、二つのフェスティバルでも採用されています。[22]

From the Greek Mimes to Marcel Marceau and Beyond は、20世紀のマイムがより広い表現形式の先駆けとなり、その形式は変わるのが速すぎて名称がまだ定まっていない、と書いています。[23]

ドゥクルーの使い分けも、カーティスの命名も、自らの表現を既存のものと区別し、独自の領域を確立する働きをしました。表現をめぐる追求の差異が、そのまま言葉の使い分けとして表れています。

辞書はなぜ「同じ」と説明するのか?

これほど食い違う定義があるのなら、「パントマイム」と「マイム」を同義として扱ってきた辞書の説明は間違いなのでしょうか。

辞書は、言葉の標準的な意味を示すだけでなく、その言葉が世の中でどう使われているかも語釈に取り込みます。『広辞苑』第七版は、新しく生じた意味を、その定着度を吟味して加えたと説明しており、『大辞林』第四版も、すでに載せている語に、時代とともに広がって定着した語義を加えたと述べています。[24] 冒頭で見た「パントマイムの略」「パントマイムに同じ」という説明も、日本語で二語が事実上同義として使われている実態を反映したものです。

また『改訂新版 世界大百科事典』は、「マイム」の項を「パントマイム」の項への参照にしていました。そのパントマイムの項には、一般には同じものとして案内したうえで、区別する使い方も書き添えています。ドゥクルーを紹介したあとに「ドクルー以後の芸をフランス語でミーム mime(英語ならマイム)と呼んで、それ以前のパントミーム(パントマイム)と区別することもある」と説明しています。[25]

では、フランス語の辞書は「パントマイム」と「マイム」をどう説明しているのでしょうか。アカデミー・フランセーズの辞典第九版は、mime と pantomime のそれぞれに、ほとんど同じ語釈を当てています。pantomime の項は「身振りと姿勢によって、言葉の助けなしに行為を表し、感情と情念を表現する芸、およびそのように構想された見世物」、mime の項は「身振りと姿勢によって、言葉の助けなしに行為を表し、情念と感情を分からせる芸、およびそのように構想された見世物」です。表現はわずかに異なりますが、二語を分ける記述はどちらにもありません。

この辞典が書き分けているのは、どちらの語を使うかです。mime の芸の意味には「むしろ pantomime と言う」、pantomime の演者の意味には「今日ではむしろ mime と言う」と添えられています。[26] ラルースのオンライン辞典も、芸を指す pantomime の類義語に mime を挙げています。[27]

二語を使い分けるかどうかは、誰が、何について語っているかで変わります。また、ルコックが述べていたように、二語の意味は時代によっても変わります。[17]

「マイム」は「パントマイム」の略なのか?

日本語の日常的な用法において、「マイム」が「パントマイム」の略称として機能しているのは確かです。冒頭で引いた『大辞林』も「パントマイムの略」と説明しています。ただし、英語の mime は pantomime を縮めてできた語ではありません。どちらもラテン語から英語に入った語であり、pantomime のもとになったラテン語 pantomimus は、mime のもとになった mimus を含む語です。[28] 日本語の辞書が「略」と説明しているのは、先に見たとおり、あくまで現代の日本語において二語がそのように受容され使われているという実態を記述したものです。

けれども、ドゥクルーやキプニスの説明で二語を置き換えると、指しているものが変わってしまいます。「略として通じる」ことと、「いつでも置き換えられる」ことは別なのです。

注

  1. 「マイム」『大辞林』第四版。「マイム」「パントマイム」『広辞苑』第七版。 ↩

  2. 「マイム」『デジタル大辞泉』『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』『改訂新版 世界大百科事典』。「パントマイム」『百科事典マイペディア』『日本大百科全書(ニッポニカ)』。いずれもkotobankの該当ページに併載されている。 ↩

  3. キプニス『パントマイムのすべて』。 ↩

  4. キプニス『パントマイムのすべて』巻末「著者プロフィール」。当該ページに頁付はない。 ↩

  5. カンジヤマ・マイム「訳者あとがき」226。訳書の訳者名義はカンジヤマ・マイムで、あとがきの署名は「カンジヤマ・マイム 代表 藤倉健雄」である。本稿は訳者名義に統一した。 ↩

  6. カンジヤマ・マイム「訳者あとがき」226。あとがきの原文表記は「ドクルー」で、本稿が地の文で用いる「ドゥクルー」と異なる。引用は原文の表記に従った。 ↩

  7. カンジヤマ・マイム「訳者あとがき」226。 ↩

  8. キプニス『パントマイムのすべて』目次、160。 ↩

  9. カンジヤマ・マイム「訳者あとがき」226–27。 ↩

  10. キプニス『パントマイムのすべて』160。英語原著の該当頁は未確認のため、日本語版の記述として引用した。原著 The Mime Book は英語で出版されているが、キプニスは母語のフランス語で下書きし、周囲の協力で英語にしている(キプニス『パントマイムのすべて』「前書き」3、カンジヤマ・マイム「訳者あとがき」227)。なお同書192は、「抽象的パントマイム」と呼ばれるものについて「私はこれが真のマイムの様式とは思っていません。それはどちらかというとダンスに属するものです」と述べ、一部のパントマイムを自身のいうマイムから外している。 ↩

  11. キプニス『パントマイムのすべて』10–11。「マイムとは人間の身体を動かし、配置する事により万物を再現する芸術である」を著者自身が「曖昧すぎる」と退けたうえで、「マイムとは現実の幻覚を造り出す芸術なのです」、さらに「マイムとは、他の人々と共に世界を想像する芸術である」と絞り込んでいる。第二の定義は退けておらず、第三の定義を導く箇所で「先ほどの私の基本的なマイムの定義に少々付け加えてみましょう」と述べている。同書10は、この決定的な要素を「現実の錯覚・幻覚――illusion of reality」と原語つきで示す。英語原著の該当頁は未確認のため、日本語版の記述として引用した。後掲の表でこの定義を引く行は、本稿が『パントマイムのすべて』から直接取ったものである。 ↩

  12. Lust, From the Greek Mimes, 1, 3. 問いの原文は "Are there real differences between mime and pantomime? If so, what are these differences? And how have their meanings changed throughout the centuries?"、定義が分かれた経緯の原文は "definitions varied according to school, practitioner, and personal style." 同じ箇所に続く一文の原文は "The following descriptions manifest the changing perceptions of the terms mime and pantomime and how their meanings were modified according to different periods, artists, and teachers."。日本語訳は筆者による。 ↩

  13. カンジヤマ・マイム『おしゃべりなパントマイム』178。カンジヤマ・マイム「訳者あとがき」226。フランス語の名称 mime corporel dramatique と、1945年6月27日の講演で旧来のパントマイムと区別したという記述は Martinez, "Définition des Arts du Mime et du Geste." による。体の使い方の記述は野田はるか「エチエンヌ・ドゥクルーが見つめた人間」89。同論文は、体を頭・首・胸・腹・骨盤・重心の「分節点」で分けて動かすこと、腕をこの分節点に含めず胴体の付随物とすることを記す。ドゥクルー本人の1945年講演原本は未確認のため、確認済み二次資料が記す区別として扱った。見える世界と見えない世界、戯画と普遍、手と顔の表情による錯覚は Lust, From the Greek Mimes, 69, 71 による。原文は "For Decroux mime was no longer an imitation of the seen world but a revelation of the unseen one. While the pantomimist starts from the particular and works toward caricature, the mime starts from the particular and works toward the universal."(69)、"pantomime, which is essentially representational and imitative and relies on the expressive use of the hands and the face to create illusory objects and persons"(71)。訳語「戯画」の原語は caricature。対象の目立つ特徴を誇張して写した似姿を指す一般語で、Lustはこの語自体の定義を書いていない。錯覚を作るパントマイムを教えることから始めたこと、mime corporel が最も厳密で純粋な意味でのマイムであること、身体全体だけで感情と観念を描き、手話のような記号にも物語にも頼らないことは同書 69–70。原文は "Although Decroux began by teaching illusion pantomime, his training methods developed into corporeal mime."(69)、"What Decroux called mime corporel is mime in the strictest and purest sense. It refers to feelings and ideas depicted uniquely by the body as a whole. Free of sign language and narratives, it aims for a more universally poetic expression."(69–70)。舞踊とマイムの区別は同書 72–73。原文は "To distinguish between dance and mime, Decroux described dance as a lyric art and mime as a dramatic art."(72)、"The dancer soars toward the heavens; the mime, earthbound, struggles with gravity."(73)。この区別を述べる「Dance and Mime」の節の末尾に付く注2は "Letter from Etienne Decroux, November 18, 1967."(76)で、ドゥクルー本人からLust宛の書簡である。ただし、この節のどの文が本人の言葉をそのまま写したものかは同書からは分からない。日本語訳は筆者による。これらはいずれもLustによる記述である。 ↩

  14. Barrault, Réflexions sur le théâtre, 175. 引用は筆者による日本語訳。原文は "La pantomime dite ancienne est un art muet; le mime dit moderne est un jeu silencieux." で、パントマイムに muet(口がきけない)、マイムに silencieux(黙っている)と別の語が当てられている。Lust, From the Greek Mimes, 3 は同じ箇所を1996年版 179–80 から引いているが、本稿は1949年初版 175–76 を直接確認した。 ↩

  15. Lust, From the Greek Mimes, 3–4. 二語の分け方はLustによる整理である。同書 104 が収録するルコック本人へのインタビューでも、同じ分け方が語られている。原文は "Although both forms belong to the art of gesture, pantomime is based on the translation of spoken language and mime is based on a silent language that comes before, beneath, or after the spoken word, a form in which the word does not necessarily have to exist."。本人はこれに先立ち、二語の意味は時代とともに変わり、演者の呼称と芸の呼称もしばしば混同されると断っている。このインタビューの出典は同書 108 注7 の1988年と1992年夏の聞き取りである。日本語訳は筆者による。 ↩

  16. Sweetapple, The Overcoat, 12. 原文はマイムが "the art of acting silently through various kinds of theatrical movement"、パントマイムが "Pantomime is the art of creating the illusion of reality by dealing with imaginary objects or situations."。日本語訳は筆者による。パントマイムの定義は、キプニスがマイムに与えた the art of creating the illusion of reality(注11)と同じ言い方である。学習ガイドはこの説明をポール・カーティスの定義として収録しているが、初出の媒体と年月は示していない。 ↩

  17. Lust, From the Greek Mimes, 105. 引用はLustが収録したルコック本人へのインタビューであり、日本語訳は筆者による。 ↩

  18. Lust, From the Greek Mimes, 5. 原文は "for mime specialist Peter Bu they are all synonyms." ここでいう they は直前に列挙された "mime, pantomime, theatre of gestures, movement theatre, and other terms" を指す。同章の注3(10)は出典を "Letter to author, September 1992." とする。書簡そのものは未確認のため、Lustによる要約として引用した。 ↩

  19. Martinez, "Définition des Arts du Mime et du Geste." ページ末尾に "Définition proposée par Ariane Martinez" とある。同ページはミモドラムの例として、ゴーゴリ『外套』を翻案した Le Manteau(1951年)を挙げる。原文は "Il qualifie ses pièces mimées de pantomimes (formes brèves en solo comme les Pantomimes de Bip et les Pantomimes de style) et de mimodrames (pièces plus longues, avec un grand nombre d'acteurs et de tableaux, comme Le Manteau, adapté de Gogol, en 1951)."。Lust, From the Greek Mimes, 91, 93. 同書が収録したインタビューで、マルソー本人も同じ呼び分けを語っている。一人で演じる作品について "I have therefore created style pantomimes and Bip pantomimes" と述べ、レパートリーを "more than fifty style pantomimes and more than forty Bip pantomimes" と数える(93)。ビップはマルソーが演じ続けた主人公の名で、本人の言い方では一人の作品の呼称は「スタイル・パントマイム」と「ビップのパントマイム」の二つに分かれる。ミモドラムについては、1955年から65年まで自身の一座で26本を上演したと語る(91)。このインタビュー(90–98)に、マイムとパントマイムを定義で分ける記述はない。 ↩

  20. 1873年の Littré, Dictionnaire de la langue française では、mime と pantomime が独立した項目になっている(563、925)。mime は、古代ギリシャ・ローマで滑稽な短い劇を演じた俳優と、その俳優が演じた劇を指す。pantomime は、男性名詞では劇に出てくる役をすべて一人で身振りだけで演じる俳優、女性名詞では感情と情念を身振りと姿勢だけで表す芸、その作品、演劇的な踊りを指す。同じ辞典の mimique(女性名詞)は、思考を身振りで表す芸である。本稿が第2節に並べた区別は、この辞典には見あたらない。 ↩

  21. Lust, From the Greek Mimes, 169. カーティス本人の説明の原文は "We call it American Mime to delineate it from other kinds of mime such as French pantomime."。バローが稽古を見て American Mime と呼んだこと、演技・動き・パントマイム・舞台設計・劇作を組み合わせた表現であること、アメリカ人がフランス流を行い、フランス人がアメリカン・マイムを行うこともあることは同頁による。引用の出所は同書 236 注2 の「1972年12月のLust宛書簡。1994年1月にカーティスが再承認」である。日本語訳は筆者による。 ↩

  22. Martinez, "Définition des Arts du Mime et du Geste." 同ページによれば、複数形の arts du mime を提案したのはテアトル・デュ・ムーヴマンのクレール・エジャン(Claire Heggen)、geste を加えることを提案したのはアラン・モロ(Alain Mollot)である。フェスティバルはペリグーのMIMOSとアルデシュのMIMAGES。この名称を作ったのはSO MIMではない。同ページが末尾に掲げる定義も、公式に制定されたものではなく、記名著者が経緯を記述したうえで提案したものである。 ↩

  23. Lust, From the Greek Mimes, 280. 原文は "There are, no doubt, more differences between the mime of the nineteenth century, which knew how to categorize each classical mime artist's specialized form, and the mime of the twentieth century, which became the harbinger of broader forms evolving so quickly that they have not yet found their own identities."。日本語訳は筆者による。 ↩

  24. 「特色」『広辞苑 第七版』。原文は「新しく生じた意味は、その定着度を吟味しながら過不足なく加えました」。同ページは「言葉の根本の意味をきちんととらえた上で、歴史的な意味変化に沿って語釈を与えるのが『広辞苑』の流儀」とも述べる。「新しい時代の基本辞典」『大辞林 第四版』特設サイト。原文は「すでに掲載されていることばでも、時代とともに広がり、定着した新しい語義を追加」。両辞典の凡例そのものは未確認。 ↩

  25. 「パントマイム」『改訂新版 世界大百科事典』。執筆者は川添裕・喜志哲雄。引用は「近代的パントマイムの誕生」の節、エティエンヌ・ドクルーへの言及の直後にある。原文の表記は「ドクルー」で、本稿が地の文で用いる「ドゥクルー」と異なる。引用は原文の表記に従った。 ↩

  26. "Mime" および "Pantomime," Dictionnaire de l'Académie française, 9ᵉ éd. 頁の表示は「9ᵉ édition (2024)」。原文は、mime の第二の意味が "Art de représenter une action et de faire comprendre les passions, les sentiments par les gestes et les attitudes, sans le secours de la parole ; spectacle ainsi conçu (on dit plutôt Pantomime)."、pantomime の女性名詞が "Art de représenter une action et d'exprimer les sentiments, les passions par les gestes et les attitudes, sans le secours de la parole ; le spectacle ainsi conçu."、pantomime の男性名詞が "Vieilli. Acteur dont le jeu se limite aux gestes et aux mouvements du visage, qui tient son rôle sans faire usage de la parole (aujourd'hui, on dit plutôt Mime)."。日本語訳は筆者による。この辞典は二語を同義語だとは述べていない。 ↩

  27. "Pantomime," Dictionnaire de français, Larousse. 女性名詞の第一の意味 "Spectacle où l'artiste s'exprime uniquement par des gestes, des mimiques et des attitudes." に、類義語として mime と mimodrame が挙がる。男性名詞の pantomime は "Synonyme ancien de mime." の一行のみ。 ↩

  28. "mime" および "pantomime," Merriam-Webster.com Dictionary. 英語の mime はラテン語 mimus・ギリシャ語 mimos、pantomime はラテン語 pantomimus に由来する。同辞典は pantomimus を pant- と mimus から成る語とする。二語は語の要素を共有するが、英語の mime が pantomime を短縮して作られたとする記述は、同辞典の語源欄にない。OED本文と初出原典は未確認。 ↩

参考文献

日本語資料

  • 『改訂新版 世界大百科事典』平凡社。「マイム」「パントマイム」(2026年9月3日閲覧)。
  • カンジヤマ・マイム『おしゃべりなパントマイム』大月書店、1994。
  • カンジヤマ・マイム「訳者あとがき」クロード・キプニス『パントマイムのすべて』カンジヤマ・マイム訳。晩成書房、2000、224–27。
  • キプニス、クロード『パントマイムのすべて』カンジヤマ・マイム訳。晩成書房、2000。日本語版記載の原著書誌は Claude Kipnis, The Mime Book. Harper & Row, 1974。
  • 『広辞苑』第七版。新村出編。岩波書店、2018。
  • 『広辞苑 第七版』特設サイト、岩波書店。「特色」(2026年9月5日閲覧)。
  • 『大辞林』第四版。松村明・三省堂編修所編。三省堂、2019。
  • 『大辞林 第四版』特設サイト、三省堂。「新しい時代の基本辞典」(2026年9月6日閲覧)。
  • 『デジタル大辞泉』小学館(2026年8月28日閲覧)。
  • 『日本大百科全書(ニッポニカ)』小学館(2026年8月28日閲覧)。
  • 野田はるか「エチエンヌ・ドゥクルーが見つめた人間──コーポラルマイムの世界」『表現文化』3、大阪市立大学文学研究科表現文化学教室、2008、85–95。
  • 『百科事典マイペディア』平凡社(2026年9月1日閲覧)。
  • 『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』ブリタニカ・ジャパン(2026年8月28日閲覧)。

外国語資料

  • Barrault, Jean-Louis. Réflexions sur le théâtre. J. Vautrain, 1949.
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  • Littré, Émile. Dictionnaire de la langue française. Tome 3. Hachette, 1873.
  • Lust, Annette. From the Greek Mimes to Marcel Marceau and Beyond: Mimes, Actors, Pierrots, and Clowns—A Chronicle of the Many Visages of Mime in the Theatre. Scarecrow Press, 1998.
  • Martinez, Ariane. "Définition des Arts du Mime et du Geste." SO MIM(2026年9月3日閲覧).
  • "Mime." Merriam-Webster.com Dictionary. Merriam-Webster(2026年8月30日閲覧).
  • "Pantomime." Merriam-Webster.com Dictionary. Merriam-Webster(2026年8月30日閲覧).
  • Sweetapple, Tracey. The Overcoat: A Study Guide. Theatre Calgary, 2007.

最終更新:2026-10-05